
シェイクスピアのバラ戦争・第一部『リチャード二世』。第一幕において、リチャード二世は他人の忠告を聞き入れぬ頑なな性格を露わにします。叔父ガントの財産を没収し、その息子ボリンブルックを追放したのです。王の決意が揺るぎないことを悟ったガントは、絶望する息子へ、励ましの言葉を贈ります。
「踏みしめる青草を、宮廷を飾る芳しき香草と思え。 咲き誇る野の花を、麗しき淑女と思え。 その重い足取りは、ただの楽しき舞踏にすぎぬ。 悲しみという名の獣も、それを笑い飛ばし、呼吸を整える者に対しては、 牙を剥く力を失うのだから。」 —— シェイクスピア『リチャード二世』(第一幕 第三場)
「草」の性質を知る者なら、ガントの言う「香草」でなくとも、ただの草木自体が人の心を爽やかにする香りを持っていることを知っているはずです。伝統的に「グリーンノート(緑の調香)」の定義は諸説あり、かつて香水界では主役になりにくい存在でしたが、1960年代以降、その役割は急速に重要性を増していきました。
ひと口に「草(Grass)」と言っても、そこにはイネ科(禾本科)を中心に9,000種以上の仲間が含まれています。その香りは常に「フレッシュ」「自然」「生命力」という言葉と共に形容されてきました。
植物が傷ついた時に放つ「緑葉揮発性成分(GLVs)」には、アルデヒド、アルコール、エステルといった化合物が含まれています。それはまるで、学生時代、芝刈り機が通り過ぎた後の放課後に漂っていた、あの夏と青春の入り混じったような香りです。グリーンノートは、単なる森の気息に留まりません。時には果実のような酸味と渋み(Styrallyl Acetate)、時には溢れ出す瑞々しいウリ科の甘み(Green Leaf Accord, Florhydral)、そして夜露の涼やかさや、木陰を吹き抜ける夏の微風までをも表現するのです。
參考文獻: